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2020年09月10日

静岡(駿府)と徳川

静岡(駿府)の歴史は徳川家と縁が深い。
今川家の人質 松平竹千代、徳川家康の居城(江戸に移る前)、大御所政治、駿府城代(注1)、最後の将軍 徳川慶喜の20年余の生活(注2)などがありました。
(注1) 5000石くらいの大身の旗本(大名が1万石)が5年ほどで交代し領国支配した。お殿様のいない城下町です。江戸や京都と同じように町奉行も置かれていた。
(注2) 謹慎を解かれた後、静岡に移り、10部屋ほどある屋敷(現在の浮月楼の場所)に本妻や側室とともに暮らした。
慶喜とともに約2万の旧幕臣とその家族が、駿府とその周辺(駿河藩)に移り住みました。その後、慶喜の東京転居などによって戻った者も多いが、残った者の子孫の方々が今も静岡に住んでいます。
このような流れの中で、静岡高校(旧制静岡中学校)の生徒は東京を目指すが反官志向が残っていると思います。国立大学へ進学するより、早稲田や慶応など東京の私立大学を選び、民間企業へ就職する卒業生が多いのです。
また、藩校からの伝統がないので重みのある堅苦しい校訓ではなく、高きを仰ぐ(校訓は「卬高」)、自主尊重の校風でありました。
静岡(駿府)と徳川
同学年の同窓生には、大蔵省(現財務省)役人が1名、衆議院議員が2名(現職:浜松市選挙区の塩谷立、元職:静岡選挙区の海野徹)います。現在の田辺静岡市長も卒業生です。ところが、知事や大臣・総理大臣となると、3代前の知事の山本敬三郎氏のみです。総理大臣(注3)については、静岡県生まれに広げても一人もいません。
(注3) 東京生まれで旧静岡2区選出の石橋湛山(たんざん)が総理になっている。また、静岡にゆかりのある元総理大臣は、興津の坐漁荘に隠遁した最後の元老・西園寺公望(さいおんじきんもち)、御殿場の旧東山邸で暮らした岸信介(きしのぶすけ)、旧制静岡高校(現静岡大学)から東京帝国大学(現東京大学)卒の中曽根康弘でしょうか。
byまつ もとよ


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Posted by ゴールドランナー  at 18:41 │Comments(0)読者のつぶやき、ルポ、etc

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